


<以下、がんばれ社長!ホームページより>
[武沢信行プロフィール]

有限会社がんばれ社長 代表取締役。
昭和29年4月3日:岐阜県大垣市生まれ。
現在、愛知県名古屋市在住。
2000年8月1日創刊の経営者向けメールマガジン「がんばれ社長!今日のポイント」 の作者。経営の素晴らしや奥深さ、楽しさなどを伝えようと、執筆・講演に全国を東奔西走中。メルマガ読者のための勉強会「非凡会」は、札幌から沖縄にいたるまで全国15 都市で定期開催されている。また、非凡会の中国組織「和僑会」は香港と上海で定例会が持たれて、中国で活躍する日本人経営者が多数集まっている。中国人経営者に向けたメルマガ中国語版「がんばれ社長!」は 2005年10月創刊で、現在16,000人を超える読者がいる。
著書には、
「当たり前だけどわかっていない 経営の教科書」、「朝10分 熱い経営実現シート」(いずれも明日香出版社)、「「絶対に達成する」習慣」(サンマーク出版)、「「勝ち抜く経営者」の絶対法則」(インデックスコミュニケーションズ)があり、いずれも好調なセールスを記録している。
好きなこと:執筆、セミナー、旅行、酒(特にワイン)、野球観戦(巨人戦)、ゲーム
苦手なこと:講演、トマト
尊敬している人:吉田松陰、ドラッカー、河井継之助
好きな言葉:思想を維持する精神は狂気でなければならない(吉田松陰)
<個人略歴>
1973年(19才)
岐阜県立大垣北高等学校卒業(落ちこぼれて、たしか365 人中365 位)
1975年(21才)
機械設計専門学校卒業後、愛知県大府市の金型設計・製造会社(社員数 80名)に入社。3 年半にわたってラジアルボール盤を任されたが、会社の保守的な経営が自分にあわず、退社。実際は、自分は製造業には向いていないタイプだった。
1978年(24才)
愛知県岡崎市に本部をおく株式会社オリンピックスポーツに入社。愛知県三河地区を中心に当時5店舗をもつ会社が、その後 10年余で100 店舗まで急拡大。戦略の正しさと財務に裏打ちされた勇気があれば、人もお金もない会社でも急成長でき、株式公開までは行けることを知る。同社の日比谷社長に教えられること、絶大。しかし、私は従業員持株会発足を置きみやげに同社を退社し、その 3年後の店頭公開による億万長者多数誕生の恩恵は受け損なった。店頭公開からしばらくして、 同社が経営破綻されたのが残念でならない。在職期間中、店長、人材育成部門、採用部門、社内報編集長、対外紙編集長、経営企画管理部門などでキャリアを積んだ。急成長する会社は管理が弱くなる、という社長のゲキのもと、管理機能強化につとめた。
1986年(32才)
結婚と同時に転職、名古屋に引っ越し。人材育成関係の仕事に専念すべく、外資系教育教材販売会社に入社。コミッションセールスを経験した後、同社の取締役副社長就任。販売代理店として国内 150社中2位にまで急成長させる。個人セールス部門で国内ベスト 10(1000人中)、マネージャー部門においては、世界大賞を受賞。相当の収入を得ていたが、バブルに乗ってマンション投資するも、あえなく破綻。相当な痛手をこうむった。
1994年(40才)
経営コンサルティング会社「有限会社プラスアルファ」設立。同社の代表取締役就任。今までの経験を結集して経営コンサルタントを本職とする。経営計画書の作成支援、ビジネスプラン作りとその実現支援などを得意分野として活動開始。講演や執筆も積極的に引き受け、夕食を家庭でとれるのは週に1?2回の生活が始まる。
1997年(43才)
愛知中小企業家同友会の経営指針成文化グループの年間講師を引き受ける。すこぶる評判が良く、10年以上たった今でも続いている。
2000年(46才)
ホームページを開設した。ぜんぶ自分一人で手作業で作ったので愛着があり、サイトにアクセスを集めたい一心であらゆる研究をしていた。アクセス対策の一環としてメールマガジン「がんばれ社長!今日のポイント」を創刊した。 軽い気持ちで創刊したのだが、まったく予期しないほどの勢いで読者が増えたので、ネットに注力しようと決心。朝寝坊だった私が、メルマガを毎日書くために午前 4時起きに変えた(約一年半そうした)。
2001年(47才)
ネットで知り合った田口さん(百式)をきっかけに、東京で友人急拡大。経営者のための会員制ネット倶楽部「e-comon倶楽部」を創設した。インターネット時代の経営コンサルタントの新しい世界を作ろうと挑戦したが、一年ほどで「無理がある」と知り、閉鎖した。時期尚早だったようで、ハードソフト両面とも問題があった。でもいつか再挑戦しようと思う。
2002年(48才)
メルマガ読者の会「非凡会」が東京、沖縄、長州(山口)でスタート。全国に有力者との人脈が広がった。東京銀座にオフィスを借りた。オフィスの大家さんが「武沢さんがたばこをやめるのなら破格で貸す」というので、即日やめた。同時に、体重を9kg減らした。年末には、悲願の初出版にこぎつけ、予想以上に売れた。(アマゾン週間ランキング首位獲得)。私の本の下位にドラッカーさんや鈴木敏文さん(セブンイレブン社長)、石原慎太郎さんの本があり、変な気分だった。 でも、この処女作成功のおかげで、次回作のオファーが絶えなく入るようになった。メルマガ広告部門の月商が 100万円を突破した。
2003年(49才)
社名を「有限会社プラスアルファ」から「有限会社がんばれ社長」に変更した。中国の常州政府の日中合作所から「がんばれ社長!」原稿の流用許諾を受け、了承。以来、常州市政府との交流が始まる。それをきっかけに、青島や大連からも講演依頼が入るようになり、訪中頻度が高まる。国際中小企業技能交流会に有限会社がんばれ社長がブース出展。上海浦東地区の「DREビジネスセンター」内に有限会社がんばれ社長の上海オフィス準備室を開設。二冊目、三冊目の本を書いた。 メルマガ広告部門の月商が 200万円を超えた。
2004年(50才)
4冊目の本「勝ち抜く経営者の絶対法則」発行。メルマガ読者の集い「非凡会」が国内 15都市中国1都市(香港)に広がった。
2005年(51才)
ブログ全盛時代を迎え、ブログに挑戦するもあまりよくわからず中断。メルマガに注力を続ける。号外広告サービスを開始し、広告の月間収入が 300万円を突破した。中国語版のメルマガ「がんばれ社長!」の配信開始。しばらくしてブログにも対応。
2006年(52才)
インドで修行。仏教とくに禅の世界に関心をもつ。クローバ経営研究所の松村先生と出会い、マンダラ手帳の活用が始まる。禅堂と書斎も兼ねて東京オフィスを銀座から虎ノ門に移転。新卒学生の採用に着手。学生から多くの人気を集めたが、初年度は採用ゼロだった。
2007年(53才)
ネット技術者採用。「日本の社長を応援するネットベンチャー」になってやろうと思う。引き続き学生採用にも力を入れている。仕事がますますおもしろくなってきた。